波動30年のあゆみ


 波動技術の世界に身を投じて早30年になりますが、これほど
長くそして深く関わることが出来ているのは〝幸運な出だし〟が
あったからかもしれません。
 
その幸運とは、偶然にも在籍した研究所が、もともと特殊な水の
研究所で〝水と情報(当時は光エネルギー)〟が生物の生育環境
に与える影響などの研究や実験をする研究所だった。ということ
です。
 
 研究所時代に学んだ知識や技術、また、その折に出会った人達
から教えられたこと。
その素地がこの波動というテクノロジーに関わる際、全く違和感
なくごく自然に入ることが出来た。この幸運に恵まれていたこと
を実感します。
 
 波動という技術は、基本的に見えないエネルギーに類するテクノロジーの分野ですが、人間を含む生物たちは、
ものの見事にその超微弱なエネルギーにも間違いなく大きく反応をすることを研究所での研究・実験で知っていた
経験が、その後の波動技術の開発や製品化、活用方法などにおいても独自の進み方が出来てきた。と考えています。
 

生命エネルギーのすごさ

 ある笑えるような笑えないような実話を1ツご紹介します。
それは、いつも水や生育環境などについて教えてくださっていた環境工学博士のN氏との間に起きたことです。
 
『ダウジング』という、何かを知ったり、発見したり、選んだり、確認したりするための感知技術があります。か
つては、地下水や貴金属の鉱脈、あるいは何らかの隠れたものを探してきましたが、今では『何かを選択する際に
使う』のが一般的です。また、製品の良し悪しや問題箇所を探ることもできます。
 
 ある時、N博士が御自分で作られた実験品の良し悪しを判断するため、いつものようにポケットから御自分で
作られたダウジングを取り出し、成否の確認作業を始めました。そのようにN博士は、いつもダウジングで確認を
されていたのです。
 
実験品の上にかざしたダウジングの振り子は見事に右回りに大きく回転し、N博士は「よしよし。
スバラシイ出来映えだ。」と御自分で悦に入っておられたのですが、どうも私は納得出来ず、N博士に
「その右回転は、博士の意識のエネルギーが腕を伝わり振り子が右回転をしているのではないのですか?」と、
疑問を投げかけました。実際、微妙に博士の腕が動いているように見えたのです。
 
ところが博士は、頑としてこの意見を受け入れず「製品の出来が良いから、振り子は大きく右に回転するのであっ
て、意識は全くもって関係ない!」と、かなりオカンムリでした。
 
そこで私は、博士にある提案をし実際に実験を行いました。
長い箸をピラミッド型に組み上げ、その中心から振り子を吊り下げて、その下に製品を置き、製品の良し悪しを
確認しようとする実験です。これならば意識のエネルギーの影響を受けず、シンプルに製品と振り子の関係で
結果をしることができるはずです。
 
果たして、振り子は右にも左にも回らず、全くの静止状態のままでした。
 
結果、製品の良し悪しを判断しているのは振り子ではなく、生命体のエネルギーが反応し、振り子が回転をする。
という結論になり、改めて我々の生体やそのエネルギーの凄さを知った経験となりました。
 

私たち自身に生命エネルギーがある

 
このように私の波動への関わりは、スタート前から生命エネルギーの存在や凄さを知ることになる非常に恵まれた
環境にいたことで、当初より私の波動は 
〝機器と生体〟という2本立てで研究や 
開発、活動を進めてまいりました。
 
 あれから30年。これからの活動の課題と
して特に意識していきたいのは
  
生体そのものが持っている
生命エネルギーのすごさ
 
を、ご本人からどのように引き出すか。
というテーマを強くもちながら、波動の活動をすすめて参りたいと考えています。
 
出来れば、この知識や技術、そして考え方等に興味を持ってくださる沢山の仲間たちが出来、その仲間の皆さん方
と一緒になって
 

病気を治すのは自分
病気とは縁がない

 
といった社会づくりのために進んで行ければ・・・と考えています。

波動といのち

~波動はエネルギー~
~いのちもエネルギー~
 
波動は、テクノロジーです。
しかし、現代科学が物質を中心とした科学・技術であり「物と量」の関係で成り立っているため、波動は、従来科学に
比べると少しオカルトっぽく考えられています。
 
 波動は物質ではなく、エネルギーの世界ですから「物と量」の関係が成り立たず、それ故、波動そのものの存在が科
学的に疑問視されています。
 
しかし、波動と生命体について様々な実験や研究を重ねていく上で、波動という微弱なエネルギーが驚くほど生命に
影響を与える。ということが明確になってきています。
 
 例えば、我々生命を持っているものの生命を維持するための必要不可欠な〝水〟に波動のエネルギーを与え、
その水で植物類の生育状況などを観察した場合、その植物たちは驚くような結果を教えてくれます。
 
水に波動のエネルギーを与えても外見上は全くなんの変化もないのですが、計量的にみると磁束密度などで水の磁気変
化等は確認することができ、その波動エネルギーの強弱で植物の生育状況は全く変わってきます。
 
 そして、その変化は植物そのものの持っている〝いのち〟のエネルギーとの相互作用にも多く関係してきます。
これらの実験の結果から導かれる結論は、与えるエネルギーの強さや質だけを考えていると、最大の効果を得ることは
難しい。ということです。
 
エネルギーを与えられる側も〝いのち〟のエネルギーを持っているわけですから、当然、好き嫌いがあり、好ましくな
い場合は拒否反応を示します。植物に投与する波動のエネルギーにも適性があるということです。
 
私たち人間や動物の場合は、イヤだと感じる水は飲みませんが、植物たちは与えられた水で生きるしかないのです。
しかし、拒否の反応として『自分の生命活動すなわち、〝自分のいのち〟を停止すること』で、私たちに訴えます。
 
長年の経験から言えば、相手が強い生命(いのち)を持っている場合は、エネルギーを必要とせず、
逆に弱いエネルギーの場合に好結果を得られる場合が多い。ということです。例えば、それは、カラスにつつかれて
全身傷だらけの子猫であったり、捻挫などで調子を崩した猫ちゃんだったり。
 
それは多分、生命体のエネルギーと投与した波動のエネルギーが共鳴現象を起こし、より生命体(いのち)の活性へと
向かう働きが起きているのでしょう。この現象は植物だけではありません。全く人間にも動物類にしても同じです。
この事から分かるように波動のエネルギーや波動の技術を使う場合は、相手様のことをよく知る。ということが最も
大切です。
 
     波動は エネルギー
そして  いのちもエネルギー  です。

波動と神

 
 一般的には、全く見ることが出来ない。また、信ずることも難しい。その際たるものが「神」の存在かもしれません。
 
 最初に笑い話のような「ほんとかなぁー」と思えるようなエピソードを2ツ紹介します。
常日頃から私どもの波動をいかにして科学的に証明するか。といった課題でいつもお世話になっているある大学の名誉
教授(工学)の先生がおられます。
 
その先生は、敬虔なクリスチャンですが、ある実験をしている折に「世の中のどのようなものでも存在するのであれば、
それは必ず科学的に証明できるはずです。証明ができないということは存在しないということです。」と、話されまし
た。そこで、私は少し意地悪く先生に質問しました。
 
 「先生は、クリスチャンですよね」「はい。そうですよ」
 「では、神様はおられるのですか?」「はい。おられますよ」
 「どこにおられるのですか
  どんなお姿なのですか
  おられるのなら、科学的に証明ができますよね!
  どのようにその存在を証明するのですか?!」
 
先生は返答ができませんでした。
少しムッとされ、その場の雰囲気が少し険悪になってしまった。というエピソードがあります。
 
また、その先生とご一緒に伊勢神宮に参拝をする話があったのですが、先生は「伊勢神宮に行くのは良いですよ。
しかし、わたしは頭を下げることも、手を合わせることも一切しません。」とおっしゃり、なんとなくイヤな気分に
なり、結果としてはご一緒することが実現しませんでした。
 
先生の中では、神様はたったお一人・・・という思いがあったのだろうと感じています。
 
 もう1つエピソードをご紹介をします。同じくクリスチャンの方で普段はポルトガルで病院に勤務されているブラジ
ル人のお医者様のお話です。
 
そのお医者様は、年に1度だけ日本に来られ、患者様を診療されるのですが、ある時たまたまお会いしました。
その医師は治療する際一切のお薬を使われません。
〝蜂蜜〟と〝ギターの音色〟だけを使われます。普通の診療やお薬を望まれる患者様には、他の病院を紹介されるだけ
です。
 
その日、お昼ご飯を一緒にいただき、そろそろ帰ろうか。というときに「この近くの山の
中に良い水が湧いているところがあります。その水を取りに行きましょう。」と言われるのでご一緒しました。
 
 山の麓までは車で行き、そこから山中を歩く。ということで正直参ったなー。と思いながら、仕方なく腹をくくって、
さっさと歩き始めたのですが、先生は歩いて来られず、山の入り口でしばらく日本式のお祈りをされているのです。
 
そこで先述したクリスチャンである工学博士のことを思い出し「先生はクリスチャンだから、先生の神様はお一人ではないんです
か?」と尋ねると、「山には山の神様がおられます。だからお祈りをしています。」とおっしゃいました。
 
同じクリスチャンの方でも『工学(物質を扱う)』と『医学(いのちを扱う)』では、全く違うものなんだ。となにか
を悟ったような気がしたものです。その先生が言われていた言葉ですが「自分も神様は見えません。でも感じることは
あります。」と。
 
 実は、私にもにわかには信じられないような体験があります。
 
45歳頃・50歳頃・70歳頃の出来事でそれぞれ、水の研究所で研究している時・波動の研究を始めた頃・波動という
技術を広めるためにまっしぐらに進んでいる頃、その時々に全く関係の無い3人の方々から同じ話を伺いました。
 
【あなたは、三輪神社の神様に守られているんですね】
 
私にとって三輪神社(奈良県)は、ふるさとの近くにある神社で、昔から遊び半分でお参りしておりましたが、
それほど気持ちを込めて、また真剣にお参りした経験が全くなく、自分の中でもそのような深い関係性があるのか
「???」と、疑問符が浮かぶ感覚ではありましたが、全く関係の無い3人の方々から違う時期に全く同じことを言わ
れれば、どうしても信じてしまうものです。
 
 その時から私の波動への考え方が曲線から直線に変わったように思っています。
迷いから醒めた!と言うべきかもしれません。  
 
 波動の機器は、必要な道具ではありますが、全てではありません。
 
 最も大切なことは〝いのち〟を見ることだと思っています。つまり、どれだけいのちのエネルギーと対話をできるか。
波動を通じて、エネルギーと対話できる社会をつくっていきたい。
 
 見えない波動と見えない神様
見えないもの同士が私という人間を通して、大切な〝いのち〟をどう扱うか。それをこの世に表すためにつかわされて
いる気がしてなりません。

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